2006年03月22日

無知型(1)

放任と無知(2)

こうしてE君は幼児の時、人から十分に話しかけられるという経験も、ハイハイやヨチヨチ歩きも十分にできませんでした。少し大
きくなっても、絵本を読んで聞かせてもらったり、積み木で遊ぶという経験もせずに育ったのです。

話しかけられることが少なく、テレビばかり見て育つことの弊害(へいがい)はさまざまに報告されています。

幼児が言葉を覚えていく過程を考えて見ましょう。

お母さんが赤ちゃんに「○ちゃん、ママ、ママよ」と話しかけ続けると、そのうち赤ちゃんがまねをして「ママ」といいます。お母さんはニコニコ喜んで、もっと顔を寄せて「ハーイ、なあに」と返事をします。こういうことをくり返す中で、赤ちゃんの脳に、お母さんのイメージと「ママ」という言葉が結びつきます。それに何よりも、自分が発した言葉にママがうれしそうに反応したことが分かり、周りの世界と自分との結びつきを意識できます。

これがテレビの場合はどうでしょう。テレビが出す音声を赤ちゃんがまねします。しかしテレビは何も答えず、勝手に番組が進むだけです。こうしたことを何度もくり返すと、赤ちゃんはしだいに「言葉はただの音と同じだ。何の意味も無い。」という間違った学習をしてしまいます。もちろん言葉とか音などという意味はまだ理解しているわけではありませんが、自分が何か言っても、周りの世界はそれに関係なく動いているというイメージを持ってしまいます。 
このようにして育った場合、後でお母さんが話しかけても、本人にとってはそれは単なる音に過ぎなくなり、人間の知力のもとになる言語能力の発達が遅れることになります。

身体を必要な時期に必要なだけ動かすことは、目や耳などの感覚器、手足の運動器、神経系の発達に不可欠です。

例えば、ハイハイを十分にしないと、中脳という脳の一部が発達せず、中脳がコントロールしている目の動きが阻害されるということが起こります。その結果、学童期になって文字が読めない、飛ばし読みをする、書いてない字を勝手に読むなどということがおこりやすくなりますし、読解力を欠いた学習は成り立ちません。
(続く)
posted by 日々 学 at 08:30| Comment(40) | TrackBack(10) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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